先週の日曜日は雪で高速道路が通行止めだった。昨日は気温こそ下がらなかったが、仙台も雪が道路を舐めていた。一転今日の日曜日は風もなく穏やかだった。

 

朝パソコンでニュースを見ていたら秋田新幹線が脱線したという記事が載っていた。乗客にけが人がなかった。さすが、日本の新幹線は中国とは違って安全のようだ。

 

いつもの寄り合いがあって3時まで潰れ盛岡に戻って来た。

 

今日は古川IC手前で、白鳥や他の渡り鳥が編隊を組んで相当数飛んでいるのを見た。伊豆沼から飛んできたのだろうか。写真に収めようにも運転中で手が離せなかった。

 

今日はやはり疲れたのか眠気を催したので、金成PAで休憩。ここでは「味よし」の仙台辛味噌ラーメンが食べられる。ただし、仙台の味よしではレタスが入っているが、ここしばらくレタスが高騰しているのかキャベツが入っている。

 

番号を呼び出されたらラーメンと一緒に「ひなあられ」のオマケがついていた。

 

 

いつの間にか3月3日になっていた。子供が小さいときはひな人形を飾ったが、中学生でお終い。今は小さな子供がいる親戚の家を廻り歩いている。

 


 

ところで、ひな人形についてちょっと考えるところがある。

 

 

上の写真はひな人形。そして、下が第二次安倍内閣の写真。

 

 

チンピラ親父が気になったのはまず緋毛氈(ひもうせん)のことだ。ひな人形が置かれている緋毛氈は敷物であるが、本来動物の毛を絡ませてフェルト化したものだ。これを敷いているひな人形とは、我々日本人が遊牧をしながら日本の地に辿り着いた事を忘れないために行っている祭りではないかと怪しんだ。

 

現在、緋毛氈は目出度いときに使う。逆に不幸や悲しみを表す時は濃紺の毛氈が使われている。緋毛氈とペアになる大道具は金屏風であり、濃紺の毛氈が使われるときは銀屏風となる。

 


 

余談が長くなった。ひな人形は天皇陛下と皇后様。以下女官などの配置を象徴している。

 

五人囃子は謡(うたい)、笛(ふえ)、鼓(つづみ)、大鼓(おおかわ)、太鼓(たいこ)で、能のお囃子になっている。五人囃子の編成を唐楽の影響だというものがいるが、チンピラ親父はそう思わない。アフリカや中東ですでにあった太鼓が原型で変化したものだと思っている。古の人々は太鼓のリズムに合わせて舞ったのだろう。

 

ロックバンドのドラムは胴についているネジを締めることで皮を強く張り、音程を調律する。これは締め太鼓や鼓の紐に相当する。面倒だからネジが発明されてから西洋ではネジで調律しているだけに違いない。

 

楽器はアフリカや中東の楽器と見てまず間違いない。日本人のルーツはアフリカや中東にあるに違いない。

 

闘いながら部族を移動してきた。戦いで部族の数は少なくなる。子孫を絶やさないようにするには女性をいたわらねばならない。そんな女性のための休日が3月3日の雛祭ではないのか。

 

サトウハチロウが「うれしいひなまつり」などと作詞してヒットしてしまったから、日本人の旧い歴史が見えなくなったのだ。古の日本人のルーツを忘れないようにしたのが雛祭であると大いに怪しんだ3月3日であった。