石原氏の太陽の党が3日で維新と併合したが、石原氏の太陽の党に集まった戦力たりうる人材が不足していたということが原因だろう。思想的に似ているというよりもベースとなる論理展開が石原氏に近いということで維新と一緒になったのではないかと怪しんでいる。

 

橋下氏の言動にはいささかいただけない部分があるが、これまでの活動で「日本をどうにかしたい」と考える者を集めていることは事実だろう。まだ、方向性にぶれがあるものの党としての方向性の精査が進めば、石原氏の思想と似たようなものになるだろう。

 

自民党の安倍総裁の話は明確に第三極と呼ばれる烏合集団政党とは異なっている。現在必要な軍隊を明確にするということ。そのためにも憲法から改正しようとしている。現実的に求められる政策を提示している。ただ、自民党の問題点は過去において米国追随型の政治を行ってきたことである。この部分をどうしていくかについてはまだ明確にはされていない。

 

安保条約で米国の核の傘下の中に我国がある以上、急な方向変換はできないだろうが、米国追随型政治から遠のいた独立国としての矜持を保ちながら行動できるかが問題で、米国がアシュケナジーユダヤ人の裏社会に操られているといったことを踏まえた外交が要求される。

 

自民党の古参議員が日本維新の会に終結した者たちと同様の熱い政治意識を持っている者がどのくらいいるのか心配である。

 

公明党については日本の大きな変化を求めようとしてない。よく言えば慎重なのだろうが、悪く言えば党を縮小しないよう党利を見据えた行動と写る。しかし、政策についての小さな改革案を積み上げているのは他党の追随を許さない点で評価ができる。

 

今日本に必要な政治は、エゴイストたちの主張する「脱原発」ではない。世界の動向を確実に見極めた政治が要求される。中東を基点とした戦争は間もなく始まる。国民の安全・平和が「平和ボケ」エゴイストたちに歪められてきていることに目覚める時である。

 


 

先日王政復古を求めるエントリーをした。この国の君主は天皇である。

 

東日本大震災で被災地の国民を慰めたのは天皇陛下であって政治家ではなかった。それが事実だったのではないのか。そして国民の多くは平民政治家の限界を見てきたではないか。市民が国民を守り慰めることなど全くなかった。

 

日本国憲法が軍隊を閉じ込め、天皇を象徴として幽閉した。この大いなる誤りは匡べきである。

 


 

迷える子羊は羊飼いの後について行く。生贄にされるのは子羊である。牛は牛飼いについて行く。そして最後に犠牲になるのは牛である。

 

日本人は子羊であっても牛であってもならない。日本人が聖書の民であることを思い出すことから始めなければならない時ではないのか。

 

今、世界は宗教で対立している。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教、いずれも聖書の預言者とは指導者である。その指導者が異を唱えて人々の生き方が変わってきたが、人類普遍の律法は変わらないに違いない。

 

「日本の皇室はヒゼキヤ王の第一王子インマヌエルを介して、ダビデ王の永遠の王座を踏襲した世界最古の王族だ」とする説が荒唐無稽なものとは思えない。この世界最古の王族が守り貫いてきた律法が世界の宗教の歪みを元に戻す最後の方法なのかもしれない。

 

2012年12月世界にある終末論を否定し世界の平和を実現するのは日本の天皇ではないかと怪しんでいる。

 


 

今の日本人は日本を忘れている。そして、天皇陛下という君主がいるのを忘れているのではないのか。

 

軍隊ももちろん必要だが、それ以上に天皇を象徴として憲法に幽閉していることは大きな誤りに違いないと感じている。

 

政党がいくつできようがこの問題に触れない政党はやがて消滅するに違いない。「日本人が生きるための拠り所」を知らないからだ。