岩手県と秋田県の県境付近で岩手県側にあるJR北上線の「ほっとゆだ駅」には温泉がある。列車の待ち時間に一寸浸かってはいかがか。

 

 

http://www.echna.ne.jp/~yudasan/hot.htm

 

 

地名の「湯田」がユダ王国を連想させる。

 

「ヤハウェ」は「ヤー」と呼ばれる記述がたまに見受けられる。もともと創造主「ヤハウェ」はみだりに呼んではいけないというので「ヤー」に訛ったかもしれない。

 

ユダ王国の人々は「ユダ」で「ヤハウェ」を信ずるから「ユダヤ」と呼ばれたのだろう。

 

そうすると日本の「ユダ」は「ヤー」がなくなりユダヤ教徒ではないかもしれない。

 


 

ところで、この地域では旧暦12月12日の夜に「湯ノ沢裸まつり」が行われる。

 

山神様の年越しの夜に山祇神社に集まった若者たちが、裸になって川に入り身を清め山の安全、豊作と無病息災を祈願するとされる祭りがある。

 

チンピラ親父はこのお祭りがユダヤ教「ハヌカ」(宮潔め祭)ではないかと怪しんでいる。

 

ハヌカはアンティオコスによりエルサレム神殿が略奪に遭いゼウス像が持ち込まれた。紀元前164年エルサレムの神殿から「ゼウス像」を取り去って、神殿を潔め、ユダヤ人の独立を勝ち取った祭りでユダヤ暦キスレブ月の25日から8日間行われるものだ。

 

その内容はマカバイ記に出ているのだが、12月12日と25日ではかなり開きがあるではないかと疑問は残るが、旧暦にはずれがあり、ユダヤ暦と日本の旧暦でも違いがあるので、誤差の範囲と解釈。

 

山神様の年越しが何故旧暦12月12日に行われるのか。旧約聖書続編「マカバイ記二」を読んでみた。

 

「マカバイと呼ばれたユダは十人ばかりで山地に逃げ込み、野の獣のような生活を同士と共に送っていた。彼は野草を糧として、あくまでも汚れに染まることがなかった。」(マカバイ記二第5章27節)

 

これは中東の話だが、湯田も同じように山の中での生活だ。

 

「神殿の清めはキスレウの月の25日に行われたが、その日はかつて異国の者たちによって神殿が汚された日であった。仮庵祭のしきたりに倣い、ユダたちは歓喜のうちに八日間を過ごしたが、つい先ごろまで、けだもの同然に山中や洞穴で、仮庵祭を過ごしていたことを思い起こした。彼等は、テュルソス、実をつけた枝、更にはしゅろの葉をかざし、御座の清めにまで導いてくださったお方に賛美の歌をささげた。またユダたちは、この日について公に提案し、人々の賛同を得て、ユダヤのすべての民はこの日を、年ごとの祭日として祝うことにした。」(マカバイ記二第10章5-8節)

 

神社神殿を清め自らも清める。エルサレム神殿が略奪に遭いゼウス像が持ち込まれたエルサレムではアンティオコスにより大量殺戮が行われたがユダと呼ばれるマカバイとその同志が神殿と都を奪還した。山神を「主」とし過去にあった神殿略奪とその奪還を忘れないようにしたのだろうか。

 

身を清める禊を行うために冷たい川に入る。そして、「ヤー」と叫ぶ。これぞ「ヤハウェ」を略した「ヤー」ではなかったのか。そうして原始ユダヤ教の教えを守っているのではないのか。

 

全国各地に伝わる「ハダカ祭り」は「ハヌカ」(宮潔め祭)が起源ではないのかとさらに怪しんでいる。

 


 

【湯ノ沢裸まつり】

http://www.youtube.com/watch?v=s_lt_TgHT3U

 

ワッショイ、ワッショイ

 

セーノ

 

ヤー